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円坐の道場 武道とゲシュタルト 

“生きる手ごたえ”に気づく
​武道とゲシュタルト療法の統合による
新たな気づきと成長の場

自分が生きている、存在することの意味や価値を感じられないのは、つらく、むなしい。
価値観が多様化したり、じかの人間関係が希薄な現代は、“自己肯定感”はどこか地に足のつかない、うつろなものになり、自分の縁(よすが)がどこだかわからなくなります。


そんな中で、ゲシュタルトの場と体験、そして場の中での出会いは、「私が私でいい」ということを実感できます。自分に血が通っていることにからだで気づき、同じく血の通った他者のありように触れるからです。そのぬくもり、手ごたえが、人生や日常を生きる勇気や希望をもたらします。


それと同じような体験を、僕は武道の中でも得てきました。

学生時代、人が怖くなり、自分に力も価値も何もないと、むなしさや絶望を感じていた時期に空手に出会いました。稽古や鍛錬は、僕に「生きる力がある」「他者とぶつかることができる」「ぶつかりの中に、つながりがある」ことを教えてくれました。


円坐の道場は、僕にとってのたましいの拠り所であった、ゲシュタルトと武道を核にした場と体験です。

武道体験によって自身に眠る力強さを実感し、ゲシュタルト・アプローチによって体験の中で起こる繊細な柔らかい感覚も大切にし、触れていくことができます。
こころとからだの静と動、剛と柔の両極を味わいながら、自分とは何者かに気づいていく。

​からだとからだでコンタクトするその営みは、対話と出会いになりえます。

本来、道場とは上座と下座の関係で営むものですが、ここは上下関係は取らない円坐の場。

道場主はいますが、人生の主人公として気づき、選び、生きていくのはその人自身です。
人と人の存在やあたたかみの中で、自分が自分として生きる手ごたえに気づき、育んでいく場をともにつくっていけたらと思います。

内容について

武道の身体操作、稽古法に基づいたセッションを行っていきます。

その過程で、自身に起きてくるさまざまな感覚に意識を向けていきます。

​武道の体験の中で、またはその後のセッションで、ゲシュタルト療法に基づくワークを導入していきます。

そうすることで、自身にとって武道体験で感じたことの意味に、より深く気づいていくことができます。

武道を心理療法に取り入れることの意味として、例えば以下のような点があると考えています。

■姿勢・呼吸・動き・間合いなどといった武術の基本的な原理原則を身に着けていき、自由に、心地よくいられる自己の在り方を探る。

■突き、蹴り、受けなどの正しい基本動作を身に着け、行うことで、自身の身体に内在する力強さ、エネルギーを感じる。また他者に打ち込んでいく体験は、身体から”自己表現”する経験となる。

■他者からのコンタクト(たとえば打撃や接近など)に対して、犠牲者で終わらない主体的な選択肢をとれるようになることで、日常の様々な場面でも対処できる自己信頼や自律性を養う。

■安全な場の中で、互いに立ち会ってみたり、力を受け止め合うやりとりは、ダンスのように対話的であり、関係性の中で起こるさまざまな気づきや経験をもたらす。

受講形式

円坐の道場は、さまざまな形式と場所で活動をしています。

お申込み・お問い合わせ

個人セッションのお申込み、お問い合わせはこちらのフォームからお願いします。

(円坐の道場のお申込みは専用フォームよりお願いします。)

​お申込みの際は、ご予約についてをご覧の上、お申し込みください。

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